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小鼓 その3 伝統芸能と伝統工芸

小鼓は胴の部分と皮の部分とに分解できる楽器です。使う前に組み立て、しまうときにはバラす。おけいこのときも、毎回、源次郎先生の書生さんが私たちの使う小鼓を組み立てておいてくれるのですが、最終チェックは源次郎先生がしてくださいます。麻紐の具合を確かめ、調整しながら音を確認する先生。素人にとっては、その音色の差は正直言って聞き分けられません。それでも一つ一つ手に取り、ていねいに音を確かめていきます。
そうして組み立て上がった小鼓がずらりと並ぶ様は、美しく、壮観です。胴の部分に施された蒔絵、あざやかな朱色の麻紐、時代を感じさせる皮の色。見ているだけでも十分なほど美しいその楽器に、実際に触れ、音を出す。なんともぜいたくなひととき。その楽器が出すことのできる本来の音色を、私たちはとうてい引き出すことはできません。分不相応は承知の上で、ありがたく使わせていただきます。

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目の前の楽器がどれほど長い年月を経てきたか。例えば胴の部分は、女内蔵折居(めくらおりい)という安土桃山時代の名工と言われる人の作だそうです。「調子が低くて強い音が出る。大倉流の好みなんですね」と先生はあっさりおっしゃるが、安土桃山ってえーと、信長と秀吉の時代ですよね?400年以上前ですよね??

比較するものではないのかもしれませんが、バイオリンの名器として有名なストラディバリウスは、だいたい350年前くらいに作られたものです。この胴はそれよりもさらに古い。
また小鼓の皮の部分、これは馬皮が使われています。新皮は固くて音が出にくいのですが、長年かけて打ち込んで育てていくと次第に鳴るようになるのだそうです。先祖代々受け継がれてきたもので、古いものだと300年という歳月を経たものもあります。
「昔はね、馬をしめてすぐになめした皮が使われていたんです。皮というのは最初に乾燥するときに一番縮むんですね。今のものは食用の肉を取った後の皮が使われるので、少し時間が経っていて縮みが昔より少ないんです」

この話を聞いて以来、馬刺しを食べると鼓を思い出すようになってしまいました。。。というのはさておき、この時ちらりと脳裏をかすめたのは、こうした芸能を支える工芸技術の継承が危ぶまれているということ。
衣装、装束、楽器、大道具に小道具。さらにそれらの原料や素材の供給も危惧されています。三味線や筝などの弦となる国産の絹、ひちりきのリードとなる良質な葦。三味線の皮(猫皮)はとっくに国内の供給はなくなり、輸入に頼っています。原料が国内になくなると、それを加工する人がいなくなり、技術が途絶えます。芸能も工芸も、人間の創造によって生まれるもの。どちらも高い水準の質を保って初めて文化としての質も保たれる。美しい楽器を目の前にするとそのことを強く確信します。美術品としての価値を持つほどの楽器に思いがけず触れる機会を得て、芸能を支えているものの存在にあらためて気づかされた、ある日のおけいこでした。

胴には扇面やたんぽぽなど、さまざまな蒔絵が描かれている。扇面は末広がりということで「音が広がる」という意味があり、たんぽぽは「全国どこにでも根をはり、花を咲かせ、人の目を楽しませる」というところから芸人を象徴しているのだそう

胴には扇面やたんぽぽなど、さまざまな蒔絵が描かれている。扇面は末広がりということで「音が広がる」という意味があり、たんぽぽは「全国どこにでも根をはり、花を咲かせ、人の目を楽しませる」というところから芸人を象徴しているのだそう

 

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