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文楽人形遣い 桐竹勘十郎

東京の三宅坂に国立劇場が開場したのは1966年のこと。
その同じ年に勘十郎さんは文楽の道に入った。
劇場の歴史はそのまま勘十郎さんの歴史でもある。
2年後はともに五十周年の節目。
「わが青春そのもの」とおっしゃるその劇場でうかがったお話を、
本編3回+番外編2回の計5回に分けてお届けします。


この人たちにはどんな景色が見えているんだろう。

スペシャルインタビュー

60歳を過ぎてたどり着いた境地

取材・文 浅野未華 撮影・市藤多津希

 

1. 足遣いにしか見えない世界

エアギターといえば、ギターなしでギターを弾くマネをするパフォーマンスのこと。そのエアギターならぬ「エアー人形」が話題を呼んだのが、昨年表参道で開催された「人間・人形 映写展」。文楽の「曾根崎心中」のお初と徳兵衛が心中に向かう場面を写真と映像で表現した展覧会で、作品世界の美しさ、人形なしで人形遣いの動きだけを見せたエアー人形の映像などが評判となり、連日多くの人が詰めかけた。

「エアー人形はずいぶん前からやっていますが、あれは人形遣いにとってはものすごくしんどいんです。なぜかというと気持ちを持っていくところがない。人形があればそこにエネルギーを注ぎ込めますが、それがないので気持ち的にしんどいんです」
エアー人形

文楽は太夫(たゆう=語り手)と三味線による浄瑠璃、そして人形遣いと人形がいて初めて成立する芸能。しかし人形遣い以外のすべてを取り去った映像にも、ひとつの短編映画のような余韻があった。人形遣いの動きそのものにも物語が宿っている証であるかのように。
「あれは一発勝負だったから撮れたんです。実はスケジュールの都合で3時間しか時間がなかった。もっと簡単な撮影かと思って現場に行ったら、何やらレールが敷いてあってカメラが何台もあって、えらい大がかりな撮影だなと。なんとか3時間で終わらせな、というのでちょっとテストをしたらすぐに本番。撮り直す時間はないのでみんなめちゃくちゃ真剣です。それがかえってよかったのか、一発でビシッと決まった。だらだら撮ってたらあそこまでのものはできなかったかもしれないですね」

ご自身で映像を見た印象をうかがうと、
「きれいでしたね。ああ、こういうふうに見えているのかと。徳兵衛の刀も自分の感覚ではスッとひいているだけなんですが、映像で見ると切っ先が微妙にふるえて動いていたり。非常に面白かったです。」

映写展メイキング2

3月に行われる杉本文楽公演の「曾根崎心中」では、お初を遣う。
「お初はね、天満屋の場面が難しい。縁の下に徳兵衛を隠してそこへお初が座っている。まわりに悟られないように普通にしゃべっているけれども、気持ちは下へ下へ向かっている。そのあたりがうまく伝えられるか。肩を落としたり、目を閉じたり、動きとしては少ないんですね。そういう小さな振りの中で怒り、哀しみ、徳兵衛への気持ち、いろんなものを表現しないといけない。そこが難しいです」

その後、物語ではお初と徳兵衛は手に手をとって心中する森へと向かう。道行(みちゆき)と呼ばれる場面だ。道行は振りが飲み込めていたらできる。ただ、最後にお初が死ぬところが師である吉田簑助(よしだ・みのすけ)氏のようにはできないと言う。
「昔、うちの師匠のお初の足遣いをやっていた時です。最後、お初が目をつぶって手を合わせ、「早く殺して」と言う。あの時、足遣いの僕の位置にはちょうど前方からライトがまっすぐに当たる。眩しいので主遣いや人形の影に入るんですが、そこから見るお初は光の加減で透けて、すーっと透明になっている。それがものすごくきれいなんです。主遣いや左遣いの位置からは見られない、斜め後ろで低くかまえた足遣いだけにしか見えない世界。きれいですよ。お客さんにも見てもらいたいですけど、いくらお金を出しても見られない特等席です

文楽は1体の人形を3人で操る。頭と右手を動かす主遣い、左手を動かす左遣い、そして足を動かす足遣い。中腰の姿勢で足だけを来る日も来る日も操る足遣いは、地味だし大変だ。しかしその足遣いだからこそ見えるとっておきの景色。今でも鮮やかにその場面が浮かぶのか、それを話す勘十郎さんの目が熱を帯びる。下積み時代にもたらされたご褒美のような瞬間なのかもしれない。
「でもそういうところのお初は難しいです。何にも動きがないので、そういうふうに見せられるかどうかは人形遣いの腕。人形の動きだけで役柄が出せるというものではないので、そこが人形を遣うというところの難しさですね。なかなか師匠みたいにはできないです」

「足遣いからしか見えない世界がある。
そこから見えるお初は透明に透けていて、ものすごくきれいなんです」

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>>2. 人形を100%活かしてくれるのは浄瑠璃

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