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日本舞踊その6(最終回) 「お稽古の時間」がない人生

Text by ここんK

人生に「まさか」はあるもんだ。
そもそも、日本なんてつまんないと10代で海外へ飛び出した私が、今こうして伝統芸能を発信する立場にいること自体、まさかの事態。伝統芸能に触れるようになってからも、大股で闊歩し、ダンスフロアで踊り狂う人間。しとやかに歩くなんてできないし、日本舞踊のお稽古をする発想すらなかった。が、出会ったが定め。まさか、惚れてしまうなんて。

hands菊之丞先生のお稽古は、毎回、1時間ほどの稽古時間の半分以上が基礎練習にあてられていた。所作や型の基本動作を一連の流れの中で反復するのだが、まるで神社でヨガをするようなスピリチュアルな時間。稽古場の凛と清らかな空気の中で、呼吸とともに身体を動かし、指先、足先まで意識を広げていく。すぅーっと息を吸い両手を上げ、ふぅーっと吐きながら広げる。ふっ、ふっ、と息を吐きながら、手先から気を抜くように手を払う。一連の動きを繰り返し行うことで、身体が自然にエネルギーの流れを生み出していく。

 

まるで草書体で仮名を描いていくように、強弱緩急をつけながら、一つの所作から次の所作へ切れ目なく動いていく。もはや、自分で動かすというより、自然の動力の流れに乗っかる感じだ。この流れの中で次第に無心になり、瞑想しているような感覚になっていく。これが気持ちいい。自分以外のエネルギーの一部になったようで、こんな感覚を日本舞踊のお稽古で味わうとは思いもしなかった。

 

30分ほどの基礎練習を終えて、いよいよ踊りに入っても、「流れ」の中で身体を運ぶのは変わらないように感じた。力まずやわらかく、心地いい。すっかり無心になっている私は、わが身も顧みず、自在に16歳の恋する少女や桜の花になっていた。
江戸時代の16歳になるなんて、想像だにしたことない。でも、なんだかすんなりと町娘になってしまうのだ。意中の殿方を見かけて、そそと駆け寄り、「きゃ♡」と袖で顔を隠したりするのだ。ダンスフロアで踊り狂うこのワタシが。我ながら愉快で仕方ないが、同時にこの自由さが楽しくてたまらない。
別のメンバーは自意識を取っ払うのに苦労したと書いていたが、私は、幸か不幸か我を忘れてすっかりその気になってしまう。明日は悪代官になれる気がするし、明後日は老婆にもなれる気がする。変身願望? いやいや、しいて言うなら、ひとり旅でいろんな土地を散歩する愉しみに似ている気がする。

 

360a9590s2稽古初日から、菊之丞先生の立ち居振る舞いや、振りの一つ一つに圧倒された。先生が身にまとっている清らかな空気を浴びて、毎回のお稽古で、禊ぎを受けて帰るような気さえした。いったいどれだけの稽古と観照の積み重ねが、この方の身体の中に詰め込まれているのだろう。途方もない時間を、想像せずにはいられなかった。
「今は日本舞踊を気軽に体験しようという企画もありますが、私は、やはりそんなに簡単なものではなく、憧れるものであってほしいと思いますね。」最後のお稽古の日、先生がそうおっしゃった。わずか6回、しかもメディア発信を前提とした“お稽古体験企画”の半分以上が、一見単調な基礎練習に充てられていたことに、私は静かに感動していた。通りすがりの我々に対してでさえ、先生が伝えようとしたのは、日本舞踊の本質、お稽古の本質だったと思う。お稽古は消費行為ではない。お仕着せのカタルシスはいらない。

 

私の日常にぽっと入り、ぽっと去っていった、深遠で気持ちのいい時間。

「お稽古の時間」が無い人生に、戻りたいだろうか。


これにて、日本舞踊のお稽古は終了です。

尾上菊之丞先生、ありがとうございました!

最後に、読者の皆様へ、サービスショット❤

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