© ここん All rights reserved.

日本舞踊その5 怖くても嬉しい時間

Text by ここんN

夏の夜、涼やかにライトアップされた歌舞伎座を横目に、職場から稽古場へ急ぐ。皆さんにご挨拶しつつ、浴衣に着替えて、今日も間に合った~と一息つく。さっきまでの外の賑やかさが嘘のように、稽古場の空気は静かだ。檜板の敷かれた舞台に入って扇を手に取り、ひとつ深呼吸する。

全員揃ったところへ、階上からトントンとにこやかに菊之丞先生が降りてこられた。正座をして一礼。今日の稽古が始まる。きりっと引き締まった気配が漂う中、嬉しくて私の頬はちょっと緩んでいる。稽古って何でこんなに嬉しいのでしょうかね?

いつもの基本練習の後、「梅は咲いたか」の前回までの復習と続きの振りを教えていただいた。
グループ稽古のため、先生は皆の中央に立って教えてくださることが多い。そんな中でも時折、一人一人の前に立って個々に見てくださることがあって、この日も「この部分だけ、一人ずつやってみましょうか。」と、先生と向き合って踊る時間があった。

nihonbuyo5_01目の前で先生がじっとご覧になる。前回のおけいこレポートに「見透かされているような気がする」とあったが、この時間がまさにそう!踊っている私の不安や迷いを、先生は手にとるようにお分かりだろうと、その場に居ると痛切に感じる。

見られているというのは、怖い。面接なんかでもそうですが、人と対面した時に思わず身構えるあの感覚。普段そんな真正面から見られることに慣れていないから緊張するし、良い恰好もしたいから、余裕のあるふりをしたり、笑顔を作ったりして、どうにかその場を乗り切って…きたのだ、今までは。しかしここでは「見られている」上に「見透かされている」ときて・・・うう、怖いよぅ。

小心者だが見栄っ張りゆえ、緊張で頭が真っ白になりそうになりながらも、恐る恐る踊る。ぎこちなく何度か繰り返しているうちに、何か違うかな?と、ふと思った。
全身を晒していて逃げ場のない舞台の上で、先生が全部お見通しだということは…これはもう今更取り繕っても怖がっても仕方ないんじゃなかろうか?
うーん、仕方ないから、あまり考えずにただ一生懸命やってみる。(とはいえ、これも羞恥心やら自尊心やら色んな物が邪魔をして、なかなか難しいのですが!)

nihonbuyo5_07やってみると、拙い動きでも先生がちゃんと見てくださっていることは、先生の目線や、何も言わずに見せてくださるお手本、後で短くかけて下さる言葉がすごく腑に落ちるので良く分かった。

「1つ目は思い切りがよくて良いです。2つ目の動きにうつる時に迷っている。動いていないように見えても、身体の軸が無くなってるの分かりますか?」「目は自然にまっすぐ見ていれば良い。目線が定まると身体が定まりますよ」。
あ!分かる・・・気がします。はい。
ではもう1回。
「ただの自分」を見守ってもらっている安心感。気がつくと、怖いだけじゃない、この不思議な安心感がとても新鮮だった。

お稽古が嬉しいのは、プロの芸に間近で触れられることも、上達することも、非日常感も、たくさん理由があるけれど、安心して「ただの自分」から始められることが幸せだからだなぁ、きっと。大人になると、そういう場所はどんどん無くなってしまうから。

短期間の稽古にも関わらず、きちんと向き合ってくださる先生に感謝して、来週もまた逃げずにめげずにやってみよう。


<<日本舞踊その4 梅は咲いたか
日本舞踊その6(最終回) 「お稽古の時間」がない人生>>

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

関連記事

長唄その9 見えない賑わい

あれよあれよという間に、ついに最後のおけいこ日。 本番を控えた高揚感と、全員で唄うのはこの日が最後とあって、おけいこはいよいよ白熱!「ゆか…

篠笛その6 「間」の洗礼

全8回の篠笛のお稽古体験は、先生のご提案で、最終回に一人1曲ずつ自分で選んだ曲を披露することになった。いかんせん音が出ない私は、こんな図々し…

能楽その3 お仕舞いと日本舞踊の共通点は「肩」にアリ?!

「今まで何回、能を見に行ったことがある?」と聞かれたら、「3回です」とハッキリ答えることができてしまうくらい、能にほとんど縁…

篠笛その1 不完全を愛する日本人

様々なジャンルの先生方にお試し入門し、おけいこの様子をつまびらかにレポートする本コーナー、第三弾は福原流笛方の福原寛(ふくはら・かん)先生に…

長唄三味線その8 ド と レ の間に、音は無数にある。☆特典音源あり

Text by ここんK 10代の頃、ピアノを習っていたときの疑問: あれだけ多くの鍵盤があって多くの音程を奏でられるけど、でも、例えば…

篠笛その5 和のお稽古をする、ということ

突然ですが、歌舞伎好きです。 歌舞伎との出会いは、2001年の秋。隅田川畔に出現した平成中村座。 桜席(舞台上に設けられた2階席)から見た「…

長唄その2 「楽しい」因、同時に「難所」は抑揚だったか!

邦楽初心者。長唄には歌舞伎や踊りの舞台でしか触れた事のない私が、お稽古に参加できるの!? 先生はどんな方?果たして私が唄えるようになるのかし…

能楽その2 無心に「謡う」

「はぁ~な~もぉ~えぇ~るぅやぁ~ さーあぁ~か~ず~き~の~ぉ~」 あーー、鼻歌が気持ちいいっ! お風呂でも自転車でも陽気…

長唄三味線その7 LOOK AT ME!!!

Text by ここんM 「越後獅子」に挑戦して3回目のおけいこです。 譜面にして9ページ分もあるこの大曲、全部をやるのは難しいでしょうと…

篠笛その4 何の打算もなく

某月某日、篠笛のおけいこ4回目。仕事をダーッと片付けて、帰宅途中の電車の中で最短でできる夕飯のメニューを考え、スーパーへ駆け込む。あらかじめ…

能楽その6 ステキ衝撃

中学生のころ、バスタオルの端と端を、わざとずらして畳んでいた。 ニューヨーカーのように、さらっとカジュアルに畳むことがカッコイイと思って。 …

長唄三味線その12 ゴールは遠く、果てしなく ~again~

Text by : ここんゲストメンバーM このところ、お稽古からの帰り道は決まって、「もう夏ですねぇ」「最初のお稽古の頃はコート着てたも…

能楽その1 中世日本人の身体運用を体感?!

伝統芸能を100倍楽しむには、慣れるより習え?! 様々なジャンルの先生方にお試し入門し、おけいこの様子をつまびらかにレポートする本コーナー、…

小鼓 その4 玄人が素人に与えてくれるもの

数年前、能を習っている友人が発表会に出ると聞いて、初めて伝統芸能の素人会というものに行ってみた。正直、たどたどしい芸が延々と続く“発表会”は…

日本舞踊その3 できないながらも楽しい稽古

Text by むーちょ 伝統芸能は落語一辺倒。習い事は中学のときの珠算教室が確か最後。 40を過ぎて、身体をちゃんと使ってみたいと思って…

ページ上部へ戻る