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Vol.1 和楽器の音色を支える里

デーンと深く、豊かに響く義太夫三味線の音色。
劇場の幕があき、まだ少しざわめきの残る客席へこの音が響くと、
ひと撥ごとに現実の世界から遊離し、物語の世界へと誘われていきます。
音の源は絹から作られる糸。
それらがどんなところで生まれ、どんな人たちの手によって作られているのか。
ひと目見ようと滋賀県は長浜市の湖北エリアを訪れました。


Part1: 弦を作る人びと

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株式会社丸三ハシモト社長

橋本英宗(はしもとひでかず)さん

最初に訪れたのは和楽器の弦メーカー「丸三ハシモト」。
かつて北国街道の宿場町として賑わった長浜市木之本町。
今もその面影が色濃く残るこの町で、創業以来変わらない弦づくりを続けています。

http://www.marusan-hashimoto.com/

 

 

 

◆ 2000本の繭の糸が1本の弦になる
「丸三ハシモト」は、大阪で義太夫三味線の糸作りを学んだ初代の橋本参之祐(さんのすけ)氏が、帰郷して明治41年に創業した老舗の弦メーカー。現在の当主は四代目の橋本英宗さん。お会いした第一印象は「若い!」。伝統芸能の世界はものづくりの現場も含めてとかく年齢層が高めなので、こんなに若い方がしっかり跡を継いでいるなら頼もしい。弦づくりに対する想いも強く、特に絹製の弦へのこだわりと情熱は並々ならぬものであることは、お話をしてすぐに感じられた。

原料の絹糸(原糸)が1本の弦になる までに経る工程は12ほどあり、そのほ とんどは手作業によるもの。どの楽器の弦も基本的な工程は同じで、太さや撚りのかけ方の違いでそれぞれの特徴が決まる

原料の絹糸(原糸)が1本の弦になる までに経る工程は12ほどあり、そのほ とんどは手作業によるもの。どの楽器の弦も基本的な工程は同じで、太さや撚りのかけ方の違いでそれぞれの特徴が決まる

「和楽器の弦はもともと絹から作られていたんです。価格や強度の問題から今はナイロンなどの化学繊維が主流ですが、やはり音色は絹がいい。弦は構造が単純になればなるほど音色は単調になります。例えば一番太い義太夫三味線の一の糸は、およそ2000本以上の繭糸が1本の弦になっている。それ だけ複雑で奥深い音色が出るんです。化繊糸の構造はそこまで複雑じゃない。また、原料となる絹糸 は、座繰り(ざぐり)といって手作業でひいた糸です。機械と違って負荷をかけずにひくので糸に適度な余裕が生まれ、よく響いて柔らかい音が出ます」
ただ絹の糸から弦を作ればいいのではなく、原料となる絹そのものから違うということのよう。しかし、その絹糸の入手が困難になっていると橋本さんは表情を曇らせる。

「日本の繭がないんです。滋賀県も養蚕農家は途絶えました。今は岐阜から仕入れた繭を使ってますが、国産の繭は毎年2割というハイペースで減っていっています」

 

◆受け継ぐ技術と未来を見つめる目

三味線の糸。黄色い色はうこんで染める。「同じ弦でも演奏家がどう表現するかで音色はまったく違う。舞台を観に行くと、自分たちの弦なのに、こんな音が出るのか、といつも驚きます」と橋本さん

三味線の糸。黄色い色はうこんで染める。「同じ弦でも演奏家がどう表現するかで音色はまったく違う。舞台を観に行くと、自分たちの弦なのに、こんな音が出るのか、といつも驚きます」と橋本さん

楽器用には、繭を固めているセリシンという成分をなるべく残した状態で糸にする。セリシンには粘着性があるので、撚り(より)をかけたときに接着剤の役割を果たし、弦にハリと強度を与える。セリシンを多く残して糸にするには繭の水分が多いことが重要で、楽器用には水分 量70%程度の、いわば半生の繭が使われる。半生の繭は保存がきかず、輸入ができない。日本の繭がなくなるということは、つまり今のような弦が作れなくなることを意味する。
若い継承者がいることにすっかり安心していた私たちは、その上流が危機的状況だと知り、冷水を浴びせられたような気持ちになった。もしも日本の繭がなくなってしまったら、それは伝統芸能にとって大きな打撃では…?

 

糸に取った節を削り取る仕上 げの作業。指先の感覚を頼りにわずかな節も見逃さない

糸に取った節を削り取る仕上 げの作業。指先の感覚を頼りにわずかな節も見逃さない

「経営者としては早晩、日本の繭はなくなると想定して次を考えなくてはいけない。中国で技術を指導し、中国産の繭から自分たちが求める糸をひいてもらう可能性も出てくるかもしれない。そうなった場合のノウハウも蓄積できています。原料が変わってもこれまでと変わらないものを作るのが我々メーカーの責任ですから」

跡を継いで17年。最初の10年は工程を覚え、技術を習得するので精一杯。その修行が終わりに差し掛かり、周囲の状況が見えてきた頃、「自分のところがやめたら途絶えてしまう、残していかなくては」という使命感のようなものが芽生えてきたと言う。「絹糸の弦を作るメーカーということを柱にしていきたい」と語る四代目は、先祖代々の技術を継承しつつ、それを生かす未来をしっかと見据えていた。
絹弦の良さをわかり、それを使う演奏者がいる限り、橋本さんの作る弦が途絶えることはなさそうだ。

 

 絹弦愛用者からのコメント    義太夫三味線 : 鶴澤燕三さん
Enza丸三ハシモトさんは奇跡の店です。今、我々文楽の三味線が無事に舞台に出られる のも丸三ハシモトさんあっての事です。私が師匠に入門し、文楽に入座した当時 (1979年)、既に義太夫三味線の糸は橋本三之助商店(現:丸三ハシモト)でしか手に入りませんでした。 日本でただ一軒、つまり、地球上でただ一軒しかない、奇跡の糸屋さん、それが丸三ハシモトさんなのです。 糸の製造には記事をご覧になればおわかりになるように、大変な手間がかかります。しかも、この技術は絶えず伝承しなければなりません。一 旦途絶えれば再生は不可能と言えるでしょう。 しかし、日本の芸はいさぎよいと言いますか、この貴重な糸は、舞台においては消耗品なのです。一の糸は四日程度、ニの糸も二~三日(場合によっては毎 日)、三の糸に至っては毎日、出演前に掛け替えます。もったいないですが、音色を追及すれば、そうせざるを得ません。丸三ハシモトさんに何かあれ ば、それは文楽の終焉を意味するのです。当たり前の 様に舞台に出ている我々ですが、丸三ハシモトさんには皆、常に感謝しております!

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