© ここん All rights reserved.

劇中劇で能に触れる

紀尾井友の会の会員である私の元には、定期的に紀尾井ホールの公演チラシが送られてきます。
その中で、ふと目に留まったのが「紀尾井ホール開館20周年特別公演 邦楽ドラマ 歌行燈(うたあんどん)」。

紀尾井ホールの邦楽公演はなかなかマニアックな企画が多うございます。
その紀尾井が、20周年という節目の年に投入してきた公演。どれどれとチラシに目を通しました。

通常の邦楽公演とはちょっと趣が異なり、泉鏡花の代表作『歌行燈』を原作に、朗読と芝居と能を織り交ぜて上演するとのこと。
朗読と芝居のコンビはわかるけど、そこに能が加わる…?
チラシにはそこのところの詳しい説明は書かれていなかったので、とりあえず『歌行灯』を読んでみることに(長いこと「積読」状態でもあったので、ちょうどいい機会と思いまして)。

で、読んでみて、これは能「海士(あま)」の眼目である「玉之段」を、劇中劇の形で見ることができる面白い公演じゃーん!と俄然興味がわいたのです。

『歌行燈』のざっくりとしたあらすじはこうです。
東海道中膝栗毛ごっこをしながら桑名を旅をしている老人二人。二人は、小鼓の名人・雪叟(せっそう)と能役者・源三郎で、その晩泊った旅籠で芸者を呼びます。芸者の名はお三重。彼女は芸者なのに三味線も弾けなければ踊りも踊れない。だけど能の舞なら1曲だけ舞えると言い、「海士」の「玉之段」を舞います。
その舞いがあまりに見事な上、どこか見覚えがあった二人は、「誰に習った?」とお三重に問う。聞けば、かつて破門にした源三郎の甥・喜多八の影が。
喜多八がなぜ破門になったか、お三重がなぜ「玉之段」を教わることになったか。それらのいきさつも同時進行で展開していき、最後の「玉之段」の舞の場面ですべてが一つになるのです。

このクライマックスが小説を読んでいてもっとも震えるところでして、お三重が扇を開いていく瞬間や、彼女の舞にオーバーラップする喜多八、それに相対する名人の芸、座に満ちる緊張感、それらが鮮やかに鏡花の言葉から立ち上ってきます。本公演では、この場面が本物の能楽師たちによって上演されるのかと思うと、ドキドキします。

小説では小鼓と謡だけで舞っていて、「桑名の海も、トトと大鼓(おおかわ)の拍子を添え、川浪近くタタと鳴って、太鼓(たいこ)の響に汀を打てば」と、自然の音があたかも大鼓や太鼓のように響いている描写になっていますが、公演では大鼓と太鼓も入るようなので、この一文を反芻しながら聴くとまた味わい深そう。

「海士」は能単体としても非常に魅力的な戯曲ですが、『歌行燈』の世界を通じてその一部に触れる、味わうという趣向もまた素敵です。

ちなみに『歌行燈』、近代小説なので最初はけっこう読みにくいのですが、途中からその読みにくさを越えて開けてくる世界があります。短いこともあり、読み終えてすぐにもう一度はじめから読み直したのですが、二度目は言葉の一つ一つがさらに味わい深く、バラバラに展開していた登場人物たちの時間軸が絡まりあいながら一つの頂点を目指していく、そのスピード感あるうねりに心地よく乗せられ、ラストへと誘われます。併せてオススメです。


紀尾井ホール開館20周年特別公演20160317s1830_flier
邦楽ドラマ「歌行燈」
2016年3月17日(木)~19日(土)
全席指定 7,000円
チケット発売中  その他詳細はこちら

【出演者】
紺野美沙子(お三重)
瀬川菊之丞(恩地喜多八)
中山仁(恩地源三郎)
野村昇史(雪叟)
村中玲子(女房)
吉野由志子(お千)

坂井音晴、坂井音雅、坂井音隆(能シテ方)
大倉源次郎(小鼓)
藤田貴寛、大倉慶乃助、梶谷英樹、小寺真佐人(能囃子方)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

関連記事

浮世を忘れる上方舞の夕べ

日本の伝統芸能の中には、お座敷文化とともに発展してきたものがいくつもあり、 大きな劇場ではなく、お座敷で鑑賞するとまったく味わいが違って感じ…

夏の夜にヒヤッと体験。とびきり怖い怪談と妖怪展はいかが?

古今東西、日本各地で私たちが共存してきた、滅多に見ることはできないけれど、常にそこにいる異界の存在「妖怪」。何か不可解なことや不運なことがあ…

とりあえずこの人たちは、本当に見といたほうがいい。

日本舞踊界のサラブレッド5人が結成する五耀會(ごようかい)。 いずれも実力ピカイチ☆の5人が、メンバーのお稽古場所で、 毎月「日本舞踊への誘…

2月のピックアップ公演

今年の冬はひときわ寒さが厳しいような…。早く暖かくなーれ。ということで、早春の季節の公演ラインナップです。 ――<文楽>―――――――…

恋情・哀愁・春夏秋冬 艶やかな座敷舞の魅力

座敷舞って観たことありますか?上方舞・地唄舞とも言われています。 江戸時代後期に生まれ、能の動きを基本に歌舞伎や浄瑠璃の要素を取り入れた、情…

間に合ううちに

あの名人の芸に間に合いたかったな、という人は枚挙に暇がありません。 ギリギリ間に合った人でも、脂の乗り切った最盛期には間に合わなかったな、と…

10月のピックアップ公演

10月ですね。引き続き食欲の秋、芸術の秋を堪能しましょう。 ――<歌舞伎>―――――――――― ★歌舞伎の魅力って、やっぱり役者さんの魅…

あまり教えたくない、掘り出し公演

本当は秘密にしておきたい公演です。この特別な場所は、なんとなく静かで密やかであってほしい。客席だって、ぎゅうぎゅうに埋まっているより、ゆった…

8月のピックアップ公演

8月。舞台公演も夏休みといった感じですが、秋のシーズンに向けて、いくつかご紹介します。そして、舞台がお休みならストリートへ行こう!芸能を核と…

5月のピックアップ公演

お久しぶりの更新です。年度末の忙しさから「ちょっとひと休み…」のつもりが、うっかり5月になってしまいました…。 予告もなく更新をサボッお休…

新年を寿ぐ江戸音曲

もうあと数日で年明け。 年末年始を華やいだ気持ちで過ごし、少しずつお正月気分の抜け始めるのは、1月半ばといったところでしょうか。そんな頃にお…

7月のピックアップ公演

2017年もいよいよ下半期に突入です。が、焦らず慌てず、今月も伝統芸能の世界へいざ。7月から8月にかけて行われる公演やチケット発売になる公演…

お箏(こと)は再発見できる。

お箏(こと)は、チョット不運な楽器かもしれない。 商店街でも甘味屋でもテレビでも、BGMとして溢れているから、 私たちは既にお箏を知ったつも…

五人囃子で聴くお能

ちょっと季節はずれなお話ですが、ひな人形の五人囃子に関東と関西で違いがあるのをご存知ですか? 武家中心の関東は能楽の五人囃子、対して公家文化…

6月のピックアップ公演

毎月1回、近々行われる公演やチケット発売の公演の中から、ここんセレクトをご紹介。今月のあなたの伝芸HPチャージにお役立ていただければ幸甚です…

ページ上部へ戻る