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篠笛その8 自分を捨てる

一向に進歩が見られないまま、とうとう篠笛のおけいこも最終回。
最後はそれまでの成果を一人一人発表するプチおさらい会の形で行われた。
演奏する曲は各自好きなものを選ぶ。私が挑戦したのは、「山ざくらの歌」という曲。山に囲まれた自分の故郷の春の風景を彷彿させるような、素朴な広がりのあるメロディ。
山桜は、さまざまな緑の交じる山の中腹に、ふわっと淡いピンクを刷(は)いたように咲く。都会の桜のように群れて咲いていることはまれだし、間近で見るというよりは遠くの風景の中にある桜だ。

「山ざくらの歌」は、この山笑う風景がイメージ

「山ざくらの歌」は、この山笑う風景がイメージ

 

しかし残念ながらそんなイメージを曲にのせられる段階にはほど遠く、発表のときはひたすら譜を追っていくだけで精一杯。基本の音となる呂(りょ)の音より1オクターブ高い甲(かん)の音は、練習のときも出たり出なかったりで打率は5割といったところ。うまく行けばそれなりに曲に聞こえるが、ダメなときは高低を行ったり来たりでとっちらかる。
案の定、打率5割では本番でうまくいくものでもなし。吹き終わって打ちひしがれる私に寛先生は、「本番は、練習の50%程度できれば100点です」と優しい言葉をかけてくださる。
そんなこんなで、みなそれぞれその時点での自分のベストを発表し、おさらい会は終わった。

発表の時は寛先生が助演してくださり、途中から二重奏に。これがまた気持ちいい

発表の時は寛先生が助演してくださり、途中から二重奏に。これがまた気持ちいい

 

それから数日たったある日、なんとなくまた吹きたくなって笛を手に取った。
何気なく吹いていたら、甲音がすっと出た瞬間があった。それもキンキンした音じゃなくて、少し柔らかい甲音。「あれ?」と思った瞬間、息を出す方向がこれまでとはちょっと違っていたことに気がついた。
甲音を出すときは「息をまっすぐに」と、よく先生はおっしゃっていた。まっすぐ吹いていたつもりだった。だけど、違った。歌口に息を吹き込むことを無意識のうちに優先していて、下唇をほんの少しひいてしまっていた。まっすぐ出しているつもりでまっすぐじゃなかったのだ。先生が言っていたまっすぐは本当にまっすぐで、正面へ吹けば良かったんだ。

このとき、寛先生がおけいこの雑談中に話してくださったことを思い出した。
「伝統芸能の世界では師匠の言うことは絶対。師匠が白を黒といえば、それは黒なんです」

なんと理不尽な、と思うなかれ。それが意味するのは、どんな理不尽さにも従えということではなく、そのくらい素直に師匠の言うことを受け止めなくては、受け取れるものも受け取れない、ということなのだそうだ。

先生のいう「まっすぐ」を受け取れていなかった自分に気づき、ああ、そういうことだったのかと腑に落ちた。
大人になると無意識にも意識的にも、過去の経験を応用してしまう。過去の経験から判断したり、パターンに当てはめて推測したりして行動を決めがちだ。それはふだんの生活では物事を効率的にしたり、失敗を少なくしたりするのかもしれない。だけどそれは時にじゃまなものなのだ。それまで自分が得てきたものを一度捨てて、まっさらな状態で素直に向き合い、従う。そうでなければ得られないもの、見えてこないものがある。そんなことを感じたおけいこ体験だった。

実を言うと、横笛はずっとあこがれだった。小学生のとき入った吹奏楽部では第一希望はフルートだった。定員が少ない上に人気の激戦ポジションだったので最初からあきらめ、競争率の低いパーカッションで落ち着いたが、一番やってみたかったのはフルートだった。
当時のあこがれは胸の奥底にしまいこまれ、いつしか意識することもなくなっていたのだが、思いがけず篠笛に接する機会を得て、その時しまい込んだ気持ちがむくむくとよみがえった。おけいこは毎回、幸福で楽しい時間だった。

寛先生、ありがとうございました。

(ここん管理人M)

最後に麗しいお姿をもう一度。
SONY DSC

★★「おけいこの時間」次回予告★★
篠笛のおけいこはこれにて一旦終了。
次は三味線音楽のひとつである「長唄」の唄に挑戦します。
お楽しみに!

>>篠笛その7 邦楽は「間」が命。 音で「間」を創り出す

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